書ける日常
大学の頃、創作入門という授業があった
直木賞候補にもなった
作家の若城希伊子先生の授業である
先生は大変厳しく
私たちは毎授業叱られた
授業は前方から詰めて座る”自由”があります、と
教室の真中から後方に座ることを禁止された
師の話を聞くときは手を膝に、背すじは伸ばす
まるで小学生のようにいちいち注意を受けて
ぴりぴり緊張感あふれる授業だった
私も大きなイヤリングを
そっと音をたてないようにはずしたりした(・・・)
ふらふらした頼りない女子大生たちを
なんとか教育しようと一生懸命でいらしたのだろう
創作入門というからには
私たちは文章を書くことを学ぶのだけれど
先生が課題に出されたこと
それが
「書けるような日常を送りなさい」
ということだった
最近驚いたことは何?
と一人ずつ答えさせる
えぇっと ありません、なんて答えようものなら
何のために生きているの!?と
また叱責が飛んでくる
毎日は驚きに満ちているはず
驚かないということは
感動がないということ
それはちゃんと生きていないということだ
今日はブログに何を書こうかな・・・と考えるとき
いつも先生の言葉を思い出す
今日は”書けるような日”だっただろうか
私は今日何に驚いただろうか
先生はもう亡くなられてしまったけれど
本棚の先生の著書を見るたび
背筋がピンと伸びる気がする









