惜しみなく愛は奪う
女優の三田佳子さんが
闘病や家族の問題を乗り越えたことについて
テレビで特集を組んでいた
家族の問題とは
一時やはりテレビで大騒ぎしていた
次男の覚醒剤使用による3度の逮捕というものだ
ずっと昔
徹子の部屋という番組で
まだ子供が4歳とか5歳だった三田さんが出演して
「どうしてかな?ママがおうちにいる日は
僕顔がニコニコしちゃうんだ」と次男が言う
と話したことがあった
私はまだ若かったけれど
子供って可愛いなとほのぼのとすると同時に
その男の子はお母さんが大好きなんだなぁと思ったものだった
十数年たって事件が報道されたとき
あのお母さんが大好きな男の子は
とても寂しかったのだと思った
もちろん罪は罪だけれど
私は裁判官ではないので
ただ単純に、かわいそうと思った
昨日のテレビではその次男も登場し
自分のしでかしたことは
母が一つ一つ積み上げたことを崩すことで
それを3度もしてしまったことは
謝罪ということで済まない、と語った
私は彼が母を許さなかったのだと思った
もちろん彼はそんなこと一言も言わなかったけれど
彼の心の深い部分が
自分の母に、母親以上の
女優というかけがえのない人生があることを
どうしても寂しくて許せなくて
事件を起こすことで
自分を駄目にしてまで
母が全人生を賭けて
自分と向き合うようにさせたのではないかと思った
彼は
立ち直ったすっきりとした顔つきをしていたから
よかったと思った
子供は母親からすべてを奪う
時間や体力や、関心や、お金
すべを奪い尽くして育っていく
母親が人生のすべてをかけて
自分を愛し育てているかどうか
子供は注意深く、鋭く見ている
親鳥よりも大きな体に育ったヒナが
それでも口をあけて餌を待っていて
親鳥を呑みこみそうになりながら餌をむさぼるように
幼い子が大好きな親にでも
好物の食べ物はぜったいあげないように
自分が生きることのためには
貪欲に親から奪って
ケロっとしている
親子の宿命だ
子供と生きることは
毎日が真剣勝負
真剣に母親でなければ
子供には必ず見抜かれてしまう
ナメてはいけない
世間様よりずっとずっと厳しい
魂が裁かれるって感じ
だって
子供にとっての母親は
別に仕事ができるキャリアウーマンじゃなくていい
美しく輝いていなくてもいい
カリスマ主婦なんかじゃなくても
ちゃんと自分の母親であればいいのだ
もちろん愛すべき子どもたちは
働き、美しくあろうとする母を称えてくれるし
頭で理解してくれる
慰めたり励ましたりもしてくれる
でも私たちは母親は
肝に銘じて生きなくちゃいけない
私はいつも全力でこの子の母親でなければならない
ということを
お前はどうなんだ!と問われれば
まったく面目ない・・
魂の審判の時には
相当絞られるだろうな
私は子供を育てながら仕事をすることを選んだから
病気の時はもちろん
元気な時でも
子供を誰かに託して家を出るときにはいつでも
ごめんねと思いながら
すべてを見通すような子供の眼差しに
身がすくむ思いだった
私なりに真剣だったけど
いつかこのツケを払う日がくるのだろうな
と漠然と思ってきた
今思春期の入り口に立った娘たちが
いわゆる反抗期という様子を見せ始めている
戸惑いを感じながら
実は少しほっとしている
「ちゃんと反抗してくれた」と・・
子供が自立していく自分の思いを
あきらめずに
しまいこまずに
反抗するという形で示してくれている
ありがたい、と心から思う
(だからって、いつも優しく受け止めてるわけじゃないの
時にキレそうになりながら・・セラピストなのに!)
今まさに真剣勝負
どうぞ奪いなさい!かかってきなさいっ!
という気分で
子供と向き合いなおしているところデス
それにしても三田佳子さんの美しいこと
68歳という年齢であの美しさは
女優であることもだけれど
苦難から逃げずに受け止めて生きてきたことが
人生を磨いたことからくる美しさなのだろう








